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竹内正大佐(当時少佐)から送られた名刺

久しぶりっていうほど空いてはいないですが、久しぶりの更新です。

今回は贈り物としての名刺ではなく、本名刺を紹介しようと思います。

その前に竹内正大佐のご紹介を
福井県出身で海兵30期卒業。最終階級は大佐です。同期に兄弟で大将になったことで有名な百武源吾大将がいます。
第一駆逐隊司令、龍田、多摩、鬼オコだよ!(鬼怒)の艦長を勤められております。
明治、大正期の海軍軍人で、
昭和19年に亡くなられていますので、体があまり強くなかったのかもしれません。
そんな一海軍軍人の残してくれたものを紹介したいと思います。
(なんか文字ばっかだな、ということで・・・)
スクリーンショット

(追加。マジパナイ!)
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戦艦榛名 艦内新聞 昭和11年度 Part1

やっとまとめることが出来ました。
昭和11年度の艦内新聞の第一弾です。
昭和11年1月1日から2月29日までの30枚から私がPick upしようと思ったものを紹介します。

艦内新聞については内容を紙面ごとにまとめたものをデータ化しようと思っておりますので、読みたい紙面があれば言っていただいて、こちらが送るという感じにしようかと思います。

また、歴史的事件、またはそれぞれの泊地案内は別カテゴリにまとめますので、そちらでご覧下さい。
榛名

それでは、書いていきます。

戦艦長門から送られた 第12代艦長 原敬太郎中将(兵33期大18期 当時大佐)の手紙

手紙も集めているので紹介しようと思います。

今回はこの艦娘から送られた(じゃないですけど)手紙です。
長門





戦艦榛名 艦内新聞 昭和10年度

戦艦榛名の艦内新聞の昭和10年度分のスキャンと分析が終わりましたので、
こちらで説明していきたいと思います。

まず、艦内新聞そのものに対する所感なのですが、大変面白い資料です。
見ていくごとに新たな発見があります。
また、歴史に翻弄されていく艦娘(すいません、提督なのです)を見るととても考えさせられるものがあります。
今回、発見した艦内新聞は支那事変最中の昭和10年から12年の時期の新聞です。
榛名も37年から中国方面に行かされるのですが、まだ硝煙の中には行ってない狭間の時期です。
しかし、記事には事変のことが目立つようになっていきますし、どんどん戦時色が濃くなって行きます。
そんな中で水兵=国民がどのように考え、どのように行動していったかが分かるのが本資料だと思いますので、
どうか、この資料を埋もれさせないように協力をお願いする次第です。

戦艦榛名の艦内新聞を手に入れました

このブログを書くことを決めた実物資料の紹介です。
ずばり、『戦艦榛名の艦内新聞』です!
表紙










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