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海兵70期 林茂生大尉の書簡

最近、とんと更新しておりませんでした。
大変申し訳ありません。
取り敢えず、色々と忙しいです。やってられません。

さて、今回は海兵70期の方の書簡です。
この方の御遺品も例に漏れず散逸してしまっているようですね。
まー、この問題は難しいですよね。
父親、祖父までは接した事はあるけれど、曾祖父となると会った事もないし知らないし、
そうなるとその遺品も重要度的には低くなってしまうんでしょうね。
という訳で、遺族から市場に流れてこういった物がどんどん散逸しているのが昨今の事情です。
この問題に関してはご遺族を攻める事は出来ないです。
日本に戦争博物館ってないし、在った所で知名度の高い方の物以外はやっぱり博物館資料としてはなかなか難しいですからね。
ただね、二束三文で買っていく悪徳古物商は許せない。
ご遺族にどのくらいの価値があるものか、正しく認知してもらえる方法はないものか・・・

さて、長く愚痴ってしまいましたがぼちぼちやりたいと思います。
妙高

ではでは、まずは林茂生大尉のデータをば

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<海軍大尉 林茂生>

           昭和16年11月 妙高乗組
           昭和17年4月 聯合艦隊司令部付
           昭和17年6月 38期飛行学生
           昭和18年1月 大分空(戦闘機専修)
           昭和18年9月 厚木空付
           昭和18年12月 第一航空艦隊司令部付
           昭和19年3月 戦闘305分隊長
           昭和19年3月30日 ペリリュー基地来襲の敵機を迎撃交戦の末、未帰還戦死

それでは早速、書簡の方にいきたいと思います。
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<判別文>
おい 夏休以来ウンともスンとも言はぬが一体おまはん
今生きてるのか?死んでるのか?病気してへばってるのか?
はっきりしたこと言へよ
もう十一月も半ばになった。早いな。冬休も近いぞ
準備をしてをってくれ。僅か十日しかないから
最も上手に遊んで無駄な日は一日もない様にしない
と実にもったいないからな。菓子、果物、料理食ひ
倒し、遊び倒して愉快にやる
わぬは今だに治らぬのかな?はっきり
したことを言ってくれよ。治ったなら治った、治らぬ
ならその程度を詳しくぬかせや。おまんが
あんめに何もぬかさんもんじゃけんおら此頃多少
気になり出した。時々家から皆達者だからと言って
きても抽象的でどうも信用出来ん
もっと具体的に何でも言ってくれよ。松茸食って
うまかったとか紅葉見に行ったとか。
次に我輩十六日午後から第二十六分隊付仰附
らる。同日宮中に於て親任式挙行せらる予定
早速二十六分隊宛手紙出してくれよ
明後十五日には弥山や。へばるけんども宮島
の紅葉を見て、名物紅葉饅頭が食へると思ふと
まんざら悪くもない
次にこの便箋の由来を解く。明治節に行はれた運動会
でわっち一人一脚ということんはや小供くさい奴に出て一着。
よってこの賞品を受領せり。賞品は一着だけしかもらへん
のやで。
最も◯しいニュースを申上げます。今日短艇訓練
で我輩等内火艇の達着訓練中機関故障により
機関兵二人懸命に之が修理復旧中排気ガスの
ため、中毒してノビテしまってな。はやはや可哀さう
なやら、気持悪いやら、二人共直に病室へ運ばれたが
一人は呼吸はなく、脈もどうやらないらしい。わっち二人の
蘇生を祈ってやまない次第にござい。
話は又変るが、四日には七二期採用予定者が校内で発
表された。京都で受験した奴等十四、五人入っとる
舞鶴から四人、とにかく今度はギャンギャンとったケンノ。
又々話は変るけんども、問題の「爐」は作ってあるけ?
もれ今度の休で冬気◯出さうと思ってるにやがのん。(十三日記)
ははん。忙しいもんじゃけんもう今日になってもうたがな十四日の
夕食後や。弥山に明はや、昨朝四時半起床。ニュースが出来
たら廿六分隊から出すことにする。ではそれまで待つよろし。
十一月十四日 狩
[鳥の絵]君

※[]は管理人注

林大尉の弟さんへのお手紙だと思われます。
なんとも弟想いのいい手紙だと思いませんか?
これを読んだ後に戦死の文字を名簿に見たときは非常に悲しくなりました。
手紙では非常にユーモラスに富んだ面を見せておりますが、林大尉と妙高で一緒だった方にお話を伺ったところ、
林くんとは部も分隊も同じではなかったので妙高が初めてだったが、小柄で物静かな男だった。
私は妙高で負傷して陸へ上がったのでその後の付き合いも無かったが、彼の手紙を拝見して惜しい男を亡くしたものだと残念に思います。

とのことでした。
また、別の70期の方の話でも、小柄で童顔で物静かな男だったようです。
お写真を拝見すると、確かに可愛らしいお顔をされていますね。
私の手元にはそんな林大尉の勤務録もありますが、その妙高敵機来襲時の記述を見てみると
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びっしりと細かく状況と対策が書かれています。
とても几帳面で頭の良い方だったんだなと推察出来ます。
このような素晴らしい人物が現在の私と同じくらいの年齢で亡くなる。
哀しいですね。
70期はクラスの3分の2を戦争で失います。その多くが25歳前後でした。
まだまだ人生も道半ばだったでしょうに、やりきれない思いがします。

以上、林茂生大尉の書簡でした。
お疲れさまでした。
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