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戦艦榛名 艦内新聞 昭和11年度 Part1

やっとまとめることが出来ました。
昭和11年度の艦内新聞の第一弾です。
昭和11年1月1日から2月29日までの30枚から私がPick upしようと思ったものを紹介します。

艦内新聞については内容を紙面ごとにまとめたものをデータ化しようと思っておりますので、読みたい紙面があれば言っていただいて、こちらが送るという感じにしようかと思います。

また、歴史的事件、またはそれぞれの泊地案内は別カテゴリにまとめますので、そちらでご覧下さい。
榛名

それでは、書いていきます。
まず、昭和11年の元旦の紙面がありますが、特に普通なので割愛させていただきます。
昭和11年は艦長は小沢治三郎中将(当時大佐)です。榛名が所属する第一戦隊は高橋三吉中将です。

そして、週報なので次の1月10日の紙面に驚くべき内容が書かれていました。
見よ此の数字 第一戦隊性病患者
見よこの性病者グラフ

扶桑姉様は10人(つつましいからねぇ)、山城は22人(初物食ってるイメージがある)、そして榛名は36人!
すっごくプレイボーイが多かったんでしょうねぇ。これは面白い。

次の週報付録に性病患者と死則者と外傷原因グラフがありました。
一艦隊性病&死則者グラフ
一艦隊外傷原因グラフ

軍艦は停泊中に上陸をさせますから、性病になるのもうなずけるし(掘る掘られるかもしれませんが)、
軍艦なので訓練や業務などでけがや死亡者が出るのも仕方がないですね。
その死亡者への対応や記録は神威の記事を参考にしてみてください。

そして週報の最後には週報ならではの主要作業予定があります。
主要作業予定

軍艦は戦闘準備を常にしておくので、この弾薬燃料糧食搭載作業は大切な作業です。
新聞ではこの搭載に関する訓示や注意も書いてありました。

そして1月24日は艦位は佐世保近くの寺島水道なのですが、これから八幡浜から佐伯に行きます。
佐伯では戦技訓練を艦隊、戦隊で行うのが慣例なので
特艇員

艦艇の連絡や救助などには短艇を使うのですが、その漕ぎ手の中で特に優秀な人は特艇員と呼ばれ優遇されました。
佐伯では短艇競争があっているので後述します。

そしてこの日から
週報から日刊へ

週報から日刊になったようです!

2月1日の創刊号には
塚田収社長の辞去

はるな週報から榛名日日新聞に変わったお知らせと社長の辞去です。
この塚田収少佐は海兵52期海大甲種36期を優秀な成績で卒業してドイツ駐在武官を経験してます。
ドイツ関係の資料によく名前が出てきます。
最終階級は大佐で、戦死はされてないようです。

そして日刊からデータが載っています。
艦内新聞 日データ

艦位、時間、天気、気温、Noが書いてあります。
これはとても重要なデータでこれもまとめたいと思ってます。

2月2日の広告にとても面白いものがありました。
うどん広告

1杯3銭5厘で毎日昼休以後適宜の時機にラムネ製造機室で伝票と券を配布して食べれるみたいです。
ラムネ製造機室があることがすごく面白いです。
また、食券システムだったことが分かります。
戦艦にはラムネ製造機室があったのですね〜、艦これ漫画を思い出します。

2月4日に
旗艦 長門へ

長門へ旗艦変更した記事があります。
長門は国民的戦艦で何度も旗艦を勤めることになります。
さすが、長門さんですね。

2月6日の記事には榛名の人事変更の記事があります。
榛名人事相談

このように、人事変更があった場合は紙面でお知らせがあります。
この山口史郎大尉は海兵56期海大甲種38期首席で最終階級は中佐で戦死はされていないようです。
甲種首席は海軍のエリートの中でトップですから、もし海軍が無くならなければ出世していたこと間違い無しです。
最終部署が軍令部なので、それも頷けると思います。

榛名などの戦艦には優秀な人材が集められていたようです。決戦兵器と見なされていたからでしょう。

2月7日の紙面に社長更迭の記事がありました。
社長更迭

前社長塚田少佐から山口史郎大尉に社長が交代したようです。

2月5日から榛名は佐伯に停泊しているのですが、
8日の記事に戦技訓練である短艇のプログラムがありました。
短艇競技プログラム

川内、阿武隈、神通、長良などおなじみの名前が並んでいます。
艦娘対抗運動会みたいな感じですね。
結果はどうなったんでしょう。

次は某大手エンターテイメント企業から訴えられるかもしれない画像を貼ります。
ミッキー 榛名万歳

ミッキー?ミッキーだよな・・・・
榛名万歳って書いてあります。
その理由は
榛名 優勝

榛名が優勝したんです、短艇競争!
いやぁ、紙面はほとんど優勝関連の記事です。
乗組員の喜びが伝わってきます。

そして、15日、宿毛で進級試験が行われる由、発表があったようです。
また、船内で赤痢が発生すると大変ですから軍医長から呼びかけが再三あったようです。
試験日程&赤痢

進級試験は給料にも直結しますから、試験後に合格体験記みたいな記事もありました。
やっぱりいつの時代も試験は大変ですね。

17日には扶桑で飛行機関係の事故があったようで弔辞が出ていました。
扶桑事故

このように事故などが起こったら全艦隊に知らせてこのような弔辞が出ます。
詳しくは前述の神威事故を見て下さい。

最後に21日に宿毛から別府に泊地停泊のため休刊お知らせがありました。
休刊

半舷上陸などで新聞を作る必要が無くなりますから26日まで休刊しています。

26日に別府から宿毛に戻る予定だったのですが、2月26日にはある歴史的事件が起こります・・・・・

八幡浜、宿毛、別府の新聞内での案内&226事件については別のカテゴリでやろうと思います。

このように新聞を見ていくだけで新たな発見があり、とても面白いです。
この情報を何かに役立ててもらえたら幸いです。
これからも艦内新聞の特集はしていくので、興味があればよろしくお願いします。
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祖父が終戦まで乗艦し、亡くなるまでひと時も忘れず愛した船が榛名でした。艦内新聞非常に貴重で素晴らしい物ですね!解析作業は大変でしょうが完遂される日を心待ちにしております。頑張ってください!応援しております。
[ 2014/05/08 21:47 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コメント、ありがとうございます。
榛名乗組員のお孫さんにコメントいただけたことはとても光栄です。
よろしければ、仏前にでも榛名艦歌を復元しておりますのでおじいさまに聞かせていただけるとこれ以上の喜びはありません。
枚数が多いので、なかなか進捗してませんが少しずつアップしていこうと思いますので、よろしくお願いします。
[ 2014/05/09 00:17 ] [ 編集 ]

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