スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

帝国海軍 士官 フロックコート型礼衣 通礼服

こんばんわの人はこんばんわ
こんにちはの人はこんにちは
おはようの人はおはようございます
今回は海軍の礼装をご紹介します。
そうです。海軍がスマートと言われる所以のひとつに正装、礼装のかっこよさがあると思います。
私は完全に海軍シンパなので陸軍より断然かっこよく感じますね!
そして、ここまで礼衣を細かく紹介してるブログはなかなか無いと自負していますw
ぜひ、画を書く方、軍装に興味のある方、見て行ってください。

Katō_Tomosaburō
通常礼装の加藤友三郎大将。
今回紹介するのはこの上衣です。


※今回、見えにくい写真はクリックして拡大すると見えやすくなります。お手数おかけしますが、それで対応お願いします。
さて、細々と見て行きたいと思います、が、
この服の制式を、正直、どう呼べばいいか分かりません。
礼装、通常礼装の時に使われると一応自分は思っているのですが、
通常礼装は一種軍装のことだと言われる方もいます。
ここでは、礼装・通常礼装用礼衣ということで紹介したいと思います。
細かい区分は詳しい方、教えて下さい(土下座)

最初に礼装の様式を見てみたいと思います。
H78628_Isoroku_Yamamoto.jpg


Miwa_Yoshitake.jpg

上は大佐時代の山本五十六元帥、下は駐在武官時代の三和義勇少将です。
三和参謀、かっこいいですね~。男だけどホレそうです(ホモじゃないよ!)
この礼衣に正肩章を併用すると礼装になります。

そして正肩章を併用しないと
Katō_Tomosaburō

通常礼装になります。
写真はさきほどの加藤大将です。
おおまかに区別するとこのような違いだけだと思います。

では、紹介していきたいと思います。
IMG_3738_2014060923552401b.jpg


IMG_3739_2014060923553016a.jpg

とりあえず、全体図?です。
襟に隠れていますが、釦は表に一列6個で12個、裏に4個です。
これは海軍(参謀)大佐礼衣です。
なぜ、()したかは後述します。

袖章を見てみましょう。
IMG_3741_2014060923553004e.jpg

金線であるのが礼衣の特徴です。
袖章の見方はもう先の一種軍装でやりましたからいいですね。→一種軍装
これは大佐の一種軍衣の袖章ですが、礼衣のほうが豪華な感じがあると思います。
写真 1

通常の一種軍装では黒線が使われていますが、さすがは礼衣!値段も高い金線を使っています。

ボタン穴もちょっと丁寧に出来ています。
IMG_3747.jpg

見えにくてすいません。
ですが、重厚な作りが分かるかと思います。
この礼衣はほとんど使用感がありませんので、すごくお買い得品でした。

礼衣にはもちろん、勲章と略綬は併用しますから
IMG_3743_20140609235622f28.jpg

勲章、略綬掛がついています。
この方は5個ほど勲章をいただいてたみたいですね。

次に肩章止めを見てみたいと思います。
IMG_3744_201406092356252d0.jpg

またまた見えにくくてスイマセン。
肩章はもちろん正肩章を使いますから、右側は金属で出来ています。
左側も相当堅い材質で出来ています。
横から見ると
IMG_3745.jpg

こんな感じです。
マネキンを買ったら、色々と併用している画像を追加したいと思います。

じゃあ、中も見て行きましょう。
IMG_3748.jpg

まぁ、中は他とそんなに変わらないですが、
IMG_3752_2014060923574761f.jpg

生地はさすがにいい生地を使っています。
袖部分はもちろんあの
IMG_3749.jpg

ま、だいたい縞模様ですよね。

この服にはテーラータグが無かったのですが、名前はありました。
が、それも
IMG_3750.jpg

消えててよく分かりません。
最初の文字はつでひらがな四文字で大佐以上のかただとは思います。
さるお方から"つぢむら"と読めるという御話をいただきました。
で、色々と調べてみると
詳しいことは企業秘密なのですがある時期とも一致しますので海兵42期の辻村武久中将の軍服と思われます。
take.png
海軍中将 辻村武久

大 3(1914).12.19 候補生 阿蘇乗組
大 4(1915). 8.27 鞍馬乗組
大 4(1915).12.13 海軍少尉
大 6(1917).12. 1 海軍中尉 水雷校普通科学生
大 7(1918). 5.20 砲術校普通科学生
大 7(1918).12. 1 第一三潜水艇隊附
大 7(1918).12.13 横須賀鎮守府附/関東乗組
大 8(1919). 2. 1 樫乗組
大 8(1919). 8. 5 第一三潜水戦隊附
大 9(1920). 1. 8 第一三潜水戦隊附/呉防備隊附
大 9(1920). 5.19 第一一潜水戦隊潜水艦長心得
大 9(1920). 9.15 第一三潜水戦隊潜水艦長心得/潜水校教官
大 9(1920).12. 1 海軍大尉 水雷校高等科学生
大10(1921).12. 1 第二八潜水艦乗組
大11(1922). 6.10 第四〇潜水艦乗組
大12(1923). 6. 1 八雲分隊長
大13(1924). 4.15 水雷校教官/分隊長
大15(1926). 4. 1 呂二〇潜水艦長
大15(1926).12. 1 海軍少佐
昭 2(1927). 4. 1 潜水校甲種学生
昭 2(1927). 7. 1 聯合艦隊司令部附
昭 2(1927).12. 1 伊二三潜水艦艤装員長
昭 3(1928). 4.28 伊二三潜水艦長
昭 4(1929). 3.10 水雷校教官/分隊長/潜水校教官
昭 6(1931).12. 1 海軍中佐 軍令部参謀/海大教官
昭 8(1933).10. 1 軍令部部員/海大教官
昭 8(1933).10.20 第一四潜水戦隊司令
昭 9(1934). 3.20 第一四潜水戦隊司令/呂27潜水艦長
昭 9(1934). 7.16 第一四潜水戦隊司令
昭 9(1934).11.15 第二四潜水戦隊司令
昭10(1935).11.15 海軍大佐 第九潜水戦隊司令
昭11(1936).12. 1 厳島艦長
昭12(1937).12. 1 舞鶴防備隊司令
昭14(1939). 4.15 第六防備隊司令
昭14(1939).10. 5 艦本出仕
昭14(1939).11.15 舞工廠造兵部長
昭16(1941).10.15 海軍少将
昭17(1942). 6.15 横工廠造兵部長
昭18(1943).10. 1 第五特別根拠地隊司令官
昭19(1944). 3. 1 第五根拠地隊司令官/第五建設部長/第二海上護衛隊司令官
昭19(1944). 7. 8 海軍中将 戦死(51 サイパン)


日本ニュース 第216号

辻村武久少将戦死のニュースです。
サイパンで戦死なさっていました・・・・・
これを機に、収集物の側に一升瓶を置く事にしました。
せめてもの供養に。

IMG_3740.jpg

これはベルト掛けらしいです。

では、最後になりますが、
私が一番嬉しかった機能部分を紹介したいと思います。
Katō_Tomosaburō

加藤大将の写真を多用してしまいましたが、右肩部分の付け根に切れ込みがあると思います。
そうです、飾緒穴です。
飾緒というのは将官飾緒、参謀飾緒、副官飾緒の三種類あります。
よく参謀が肩から胸につってるのは参謀飾緒です。
飾緒を吊るのにそれ用の軍服特有の機構があります。
この礼衣の右肩にも
IMG_3746_2014060923565014e.jpg

飾緒用の穴があります。(ピンセットを差し込んでます)
もちろん、差し込むだけじゃ吊れませんので、
IMG_3751.jpg

その裏には当て布にボタンがついています。
飾緒をはめ込むと
IMG_3755_20140609235902e8f.jpg

このような状態になります。
これは私の持っていたものをあわせてみました。
外側は
IMG_3758_20140610000009825.jpg

このように意外と金具が出てきますね。

飾緒は付けるのがややこしそうですが、
IMG_3757_20140609235858f83.jpg

大きな輪と小さな輪に袖を通すだけですから、そんなに難しいものでは無いです。

飾緒は一種軍装と二種軍装の時は襟のホックに、三種軍装の時には第一ボタンに掛けます。
礼衣の場合にも第一ボタンに掛ける物と思っていましたが、
IMG_3754.jpg

襟の裏の第一ボタンの上に、なんと飾緒掛がついていたのです!
IMG_3753_20140609235908e17.jpg

ここに飾緒を掛けて、併用していたことが分かりました。

IMG_3756_20140609235856e59.jpg

このような着装例となります。
これもマネキンに着せて綺麗に撮りたいですね。

で、上でなんで(参謀)としたかと言うと、
一度、参謀か副官をしてしまえば穴は開けっ放しになるので、参謀衣ではないからです。
辻村さんの場合は中佐の時に軍令部参謀を経験してるから穴があるんだと思います。
実松譲大佐の著書、海軍大学教育の中に末国正雄大佐の話があってその中で、
海大甲種学生だった末国大佐は日華事変と共にいきなり生徒を免ぜられ、
夜中に明朝六時までに横須賀に赴任すべしという電報が来た。
五時頃に海大に本を返しに行ったついでに海大副官にどこに行けばいいのか聞くと、
田浦の水雷学校に行く様に言われて車を飛ばして行った。
出頭してみると、私は臨時編成の四水戦の砲術参謀になっていた。
なんというあわただしさだろう。幕僚になると知らなかったので飾緒の準備が出来ていない。
幸い、かつて呉鎮守府の副官兼参謀をやったことがあるから、軍服の右肩には穴は開いていた。
とりあえず、横須賀の服屋で一本もとめた。

こういうことらしいですね。参謀か副官を経験しないと飾緒穴は開けない。ですが、一度開ければ役職が変わってもそのままってことらしいです。


今回は礼衣という特殊な軍服の紹介でした。
知識としては画像なりで知っているけど、実際に見てみると大きな違いがあることが分かりました。
こういった面で実物軍装を手に入れるということは研究面で大きなメリットがあります。
海軍の礼衣や正装はあまり市場に出回りませんのでじっくり見たり、手に入れるのは難しいかもしれません。
ですが、このブログを見て参考にしたり、手に入れる手助けになれれば幸いです。

では、これにてお開きということで。

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kaigungunso.blog.fc2.com/tb.php/31-e4a89fb7












上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。