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海軍大将 米内光政の海軍大臣時の葉書

皆様、お久しぶりです。
私事でかなり忙しくなってまいりました。
ブログの更新も不定期になると思います。ご了承下さい。

また、もうすぐ閲覧数が1万を越えそうです。
越えた折には何か抽選で史料のプレゼントをと考えております。

はてさて、今回はとっても(私的に)すごい物です。
Gガンダム最終回予告のネタバレばりの記事タイトルで、もうお分かりかと思いますが、
そうです!あの、最後の海軍大臣にして海軍左派筆頭海兵29期の米内光政大将の直筆葉書です!
私は山本五十六から入って、米内光政、井上成美と好きになっていた左派シンパです。
その筆頭の米内さんの直筆の物ということで私垂涎の品なんです。
このブログにて、米内さんの品を紹介出来るのことはとても嬉しいことなんですね。
また手紙かよと思われるかもしれませんが、少々お付き合いをw

Mitsumasa_yonai.jpg

さてさて、まずは米内光政大将の説明から

Mitsumasa_Yonai_smiling.jpg
海軍大将 米内光政

明34(1901).12.14 候補生 金剛乗組(海兵卒)
明35(1902). 9. 3 常磐乗組
明36(1903). 1.23 海軍少尉
明36(1903). 5.14 舞鶴水雷団1水雷艇隊附
明36(1903). 9.14 16艇隊附
明37(1904). 7.13 海軍中尉
明37(1904).10.20 待命
明37(1904).12.30 佐鎮附
明38(1905). 1.12 電乗組
明38(1905). 8. 5 磐手分隊長心得
明38(1905).12.12 砲術練習所学生
明39(1906). 6.12 新高分隊長心得
明39(1906). 9.28 海軍大尉 新高分隊長
明40(1907). 5.17 新高砲術長
明41(1908). 2. 1 新高砲術長/分隊長
明41(1908). 4.20 砲術校教官/分隊長
明42(1909).12. 1 敷島分隊長
明43(1910). 4. 1 薩摩分隊長
明44(1911). 1.23 利根砲術長
明44(1911).12. 1 砲術校教官/分隊長
大元(1912).12. 1 海軍少佐 海大甲種学生
大 3(1914). 5.27 旅要参謀
大 4(1915). 2.12 露国駐在
大 5(1916).12. 1 海軍中佐
大 6(1917). 2.20 命帰朝
大 6(1917). 5. 1 佐世保鎮守府参謀/望楼監督官
大 7(1918). 4. 1 軍令部出仕
大 7(1918). 8. 8 軍令部出仕/参謀
大 8(1919). 9. 4 富士副長/教官/海大教官
大 8(1919).12. 1 軍令部参謀
大 9(1920). 6. 3 軍令部出仕(欧州出張)
大 9(1920).12. 1 海軍大佐
大10(1921).11.25 波国駐在員監督
大11(1922).12.10 春日艦長
大12(1923). 3. 5 磐手艦長
大13(1924). 7.18 扶桑艦長
大13(1924).11.10 陸奥艦長
大14(1925).12. 1 海軍少将 第二艦隊参謀長
大15(1926).12. 1 軍令部参謀
昭 3(1928).12.10 第一遣外艦隊司令官
昭 5(1930).12. 1 海軍中将 鎮海要港部司令官
昭 7(1932).12. 1 第三艦隊長官
昭 8(1933). 9.15 軍令部出仕
昭 8(1933).11.15 佐世保鎮守府長官
昭 9(1934).11.15 第二艦隊長官
昭10(1935).12. 2 横須賀鎮守府長官/将官会議議員
昭11(1936).12. 1 連合艦隊司令長官/第一艦隊長官
昭12(1937). 2. 2 海軍大臣
昭12(1937). 4. 1 海軍大将
昭14(1939). 8.30 軍事参議官
昭14(1939).10.21 議定官
昭15(1940). 1.16 予備役 内閣総理大臣
昭15(1940). 7.22 辞職
昭19(1944). 7.22 現役復帰 海軍大臣
昭20(1945).11.30 予備役 辞職
昭23(1948). 4.20 歿 (68)

まぁ、あまり説明はいらないと思いますが、日本を終戦に導いた人として有名だと思います。
そんな米内さん、兵学校生徒の時のあだ名は「グズ政」で、席次も115番中68番と良くありません。
しかし、それは米内さんが決して頭が悪かったんではなく、物事をゆっくり緻密にやりすぎたんですね。
そのため、何度も予備役編入(要するにクビ)の危機に遭遇しています。
ですが、同期生の藤田尚徳(後に大将、終戦時の侍従武官長)が同期の中で米内が一番頭が良かったと証言しています。
また、人望も厚かったようで同期で前述の藤田大将と高橋三吉大将が米内を海軍に残す為に自ら予備役編入を願い出たりしています。
このように、海軍内でも米内さんの人となり、風貌、雰囲気で相当の人物と見てくれる人物は次第に多くなっていったようです。
ですが、失敗もなかなか多いですね。
まぁ、Sプレイ(芸者遊び)です。とにかく、浮き名が多かったようで、米内大好き井上さんでも「あれは好かん」と言っちゃうくらいですから、まぁ、すごかったんでしょうね。
詳しいことはwikiなりをお読み下さい。 → 米内光政

では、葉書の紹介をしようと思います。

Mitsumasa Yonai_the Minister of the Navy01

Mitsumasa Yonai_the Minister of the Navy02


昭和12年9月20日附の葉書で、海軍大将任命から5ヶ月後、海軍大臣時の物です。
宛先は同郷の1期先輩でその後、政治家の道を歩まれた高橋寿太郎元海軍少将です。

見て分かる様に、かなり読みにくい字が特徴です。
内容は栗を送ってくれてありがとうというどうでもいい内容なのですが、
正真正銘の直筆ですので、それだけで価値があると思います。

いずれ、海軍左派と海兵37期の将官の手紙は集めきってみようと息巻いておりますw
もし、お持ちの方いらっしゃいましたらお売り下さい。

ん〜、眠い!
もう、ゴールして、いいよね?
つーことで、今日はここまで!
ありがとうございました。
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[ 2014/08/02 08:56 ] [ 編集 ]

objectさんへ!!

おはようございます!
次兄が戦死したときの公報が米内大臣の署名でした。印鑑はありませんでしたが・・・
実家が岩手県なので同じでした。
戦後学生服を買うことが出来ず制服を作り変えてしまい惜しかったと思っています。
海軍飛行予備学生でした。同期も既に札幌であう人は10人ほどになりました。涙)

本当に懐かしいブログで兄貴に会っている莞爾で感謝いたしております。!
[ 2015/03/02 09:12 ] [ 編集 ]

Re: objectさんへ!!

荒野鷹虎 さま、コメントありがとうございます。

予備学生で戦死されたお兄様がいるとのこと、なんともいえない気持ちです。
そういった方々のおかげで、今の日本があると思います。

これからも、少しでもあの時代のことを紹介出来るようやっていきますので、
よろしくお願いします。
[ 2015/03/03 23:00 ] [ 編集 ]

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[ 2016/09/02 19:45 ] [ 編集 ]

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