一枚の進級祝い葉書

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今回は、資料紹介というより、
閑話休題?みたいな感じです。

表題は"最後の海軍大将"です。
塚原さんじゃないほうの方です。

私には好きな海軍軍人がまぁ、たくさんいるのですが、
しぼれと言われたら、井上成美を挙げると思いますね。

この記事はobject的井上成美論みたいな感じで書いて行きたいと思います。
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まぁ、資料的価値というより話のネタにはなるかなという程度の葉書なのですが、
井上成美が昭和20年5月15日に最後の海軍大将の一人に進級した時の祝い葉書です。
この差し出しの人物がどういった人物かは分かりませんが、海軍省に送っている所を見ると、
特別親しかったりとか、そういう関係では無い人なんだろうなと思います。
だから、市場に出回ったわけで・・・・・

まぁまぁ、この葉書から話を始めたいと思いますが、
伝記等には、井上成美はこの大将昇進を固辞したが、時の海軍大臣である米内光政に無理矢理奏上されて、
そこから井上米内の関係は険悪になったという話は良く出る奴だと思います。

この時に、井上さんのほうが米内さんを拒否したという感じで書かれていることが多いですが、
どうも、これに関しては逆な気がすると思います。

終戦前、米内さんが海軍大臣を引き受けた時に江田島の村長から海軍次官として井上さんを呼び戻して、
強引に次官職に就任させますが、
これはもちろん、彼の決断力と戦争集結への意欲を踏まえての人事です。

鈴木内閣は終戦内閣として組閣されたのですが、
まぁ、鈴木さんはのらりくらりの昼行灯。一向に決断が出ないで徒に時が過ぎて行くと思ったのでしょう、
井上さんは米内さんに「大臣、手緩い!」と事有るごとに詰め寄ったのも有名な話です。
ただ、米内さんはあの人柄ですから、鈴木さんの考えも、状況も、すべて把握して成すべきことをしていたと思います。
そんな中で、高木惣吉を使った終戦工作も、鈴木内閣の終戦の見通しもどうやら立ったと思ったのでしょう、
切れすぎる、正直すぎる井上さんはもう不要と判断したのでしょう。
井上さんに海軍大将進級を打診します。
これは、米内さんから井上さんへの三行半だったのではないでしょうか?
海軍大臣である米内さんは今更の海軍大将進級が無意味だということは一番よく分かっているはずです。
それを、なぜに強引に通したかというと、井上さんを次官から辞めさせたかった、自分から遠ざけたかったからだと思います。
海軍大将になったら、次官職は降格人事になりますから。

米内さんもうんざりしてしまったんでしょうね。
井上さんも無理矢理の大将進級で、米内さんの心情が分かって、葬式にも出なかったものと思います。

と、大将進級が井上さんはいやでいやで溜まらなかったのだと思ってましたが、
どうやらそれも違うようです。
ある一冊の本が有ります。
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伝記等を読まれた方ならご存知だと思いますが、
井上さんのただ一人の孫である丸田研一氏による井上成美本です。

これを開いた瞬間に、
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この写真が目に飛び込んできました。
思わず泣きましたね。
なんでか分からないけど、涙が止まらなかった。

この本は孫から見た井上成美について書かれているのですが、
伝記や阿川さんの本とは比べるまでもなく、暖かいです。
阿川さんの推薦文そのままの感想を私は持ちました。

孫の研一氏もご存知の様に、井上さんとは少ししか過ごしてませんし、終始「怖い祖父」だったようで、
読者と同じ様に「海軍大将井上成美」しか知らない状態で書き始められています。
しかし、どんどん、「祖父井上成美」に近づいて行くのが文章に感じられます。
その時の、年月が経つに従って、理解出来てくる祖父の愛にただただ感涙を流すことしか出来ませんでした。

そのあとがきの中で、海軍大将進級に関する井上さんの反応が書かれていたので抜粋します。

成美は自らの大将進級に激しく反対しました。人は誰でも偉くなれば嬉しいと思うのが普通です。
あれだけ激しく反対した成美には、一切そういう感情はなかったのでしょうか。
成美は次兄の達三の家に行くと、くつろいで本音が出ることがあります。達三の家で、問わず語りに「米内さんが大将にしてくれるというんだよ」と漏らしているのです。
米内大臣は次官の成美を更迭する目的で大将にしたと考えられ、本人もそう悟っていたはずです。それでも、軍人として最高の地位に上ることが嬉しくないといえば嘘になる。しかし、それどころではない、この国難に際して大将などつくって何になる、自分に次官を止めさせて終戦をどうするつもりか、という気持ちのほうがはるかに強かったのです。
それが三通もの大将進級反対の意見書となって現れました。強い気持のほうが表面に出るわけですが、その激しさの陰に、進級は嬉しくもあるという小さな感情が見出せてこそ、人間らしいのではないでしょうか?


私の意見に答えが与えられた瞬間でした。
そうして、思わず嬉しさを漏らしちゃった井上さんが、まぁ、すごく身近に感じました。
これが答えだと思います。
その後の行動も、すべてけじめで行っていたのだと思います。
こういう所が好きな理由かもしれませんね。

軍人という、人を調べて行く過程には様々な事実が浮かび上がってくると思います。
自分の抱いていたイメージとかけ離れて、きつくなることもあると思いますが、
良い悪いの二元論的なことで考えるのではなく、一人間として付き合って行ければ最高だと思います。
面白いですね、偉人のことを調べて行くってのは。
言いたいことはひとつです。艦もいいけど人間にも目を向けようよ。
ってことです。
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