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海軍少尉候補生 一種上衣

早速、風邪を引いてしまいましたが、
なんとか事なきを得ました。

さて、今回はだいぶ前から言っていた、少尉候補生の服です。
なかなか時間が無くて出来ませんでしたが、ようやく書けました。

特に前置きで言う事もなくなっちゃったので、頑張って行きましょー(睦月)
01542.jpg

海軍の少尉候補生は生徒卒業後、実習航海(日本近海)、遠洋航海(海外)を経て艦隊勤務に従事し、少尉任官するまでの約1年間ほどの階級です。
兵学校を出たといっても、海軍士官としては全然使えませんから練習航海で航海術や軍艦の基礎を習い、艦隊に配属されガンルーム士官のイロハを習い、術科講習生として各術科学校普通科、霞ヶ浦航空隊での適正試験を受けて、少尉に任官出来ます。
期によって術科講習生は少尉任官後にやるのもありますが、割愛で・・・

さて、今回は少尉候補生の軍服なので軍装の説明をしたいと思います。
候補生(昭和)

写真は海兵62期の伏見宮博英王です。
海軍少尉候補生は、准士官の襟章に少尉より細い環形(カール)のみの袖章です。
もちろん、大正8年に襟章が作られるまでは襟章はありませんでした。
候補生(明治)

写真は海兵37期の草鹿任一候補生(1909年頃)です。

海軍生徒、候補生の服装は明治16年から変更された一時期を除いて終戦まで短ジャケット型の服装でした。
大正9年から昭和9年の期間だけは条約時代の生徒募集数減少や経費削減等などの理由で、普通の士官と同じ長ジャケット型に変更されています。
上記の理由の他に、「海軍生徒が外国で初めて半裸の踊り子を見て、前が隠せないので困るから」なんて海軍らしいジョークもあります。
また、明治16年から生徒、候補生共に釦式の制服だったのですが、大正9年に士官と同じ長ジャケットになった際はホック式になりました。
そして昭和9年にもう一度、短ジャケットに戻そうとした時には山本英輔大将が「七つ釦はふさわしくない、蛇腹が良い」と注文をつけたので釦式が戻る事はありませんでした。

そして、候補生服には昭和9年から13年の間に袖章が金線の礼服がありました。
候補生(礼衣)

写真は海兵62期の音羽正彦(朝香宮正彦王)です。
この礼服は昭和13年に士官の大礼服、礼服と共に事変終息まで使用禁止になったまま終戦になってしまいました。
この礼衣はまだ実物を見たことがないですね。
どなたか見せていただける方いらっしゃいましたらよろしくお願いしますm(_ _)m

では、肝心の服を見て行きましょう。
IMG_4936.jpg

海軍少尉候補生の一種上衣です。
紺サージの通常軍服ですね。
短ジャケットというだけあって、短いです。
代わりに袴の方が少し長いので、着ると大変スマートに見えます。

IMG_4937.jpg

前の方が少し長くて、後ろの方が短いのが分かると思います。
基本、生徒服の一種と違いはありません。

IMG_4938.jpg

袖章は普通の環形(カール)の半分の太さ(少尉からは5分、候補生は2分5厘)しかありません。

IMG_4941.jpg

また、腰の左右にこのようなポケットがありますが、正直、飾りだと思います。
だって、小さすぎて何が入るか分からないもん。

IMG_4940.jpg

そして、向かって右側に菱形の記名布があるのですが、これは最初から取られていました。
残念ながら、この服が何期のどの方の物なのかは分かりません。
ただ、65期以降の物だろうなぁというのは感じました。


ざっと書いて行きましたが、生徒服の詳しい説明は生徒服の際にしたいと思います。
質問等ありましたらお気軽にどうぞ。
それでは、今回はここまでです。
お疲れさまでした。
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[ 2015/03/21 20:57 ] 海軍実物軍装品 | TB(0) | CM(0)

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