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藤森清一朗海軍少将への予備役編入の通知書

久しぶりの更新ですね。

先日、海兵62期の深井俊之助少佐にお会いしてきました。
すっごく楽しかったです。
佐官ですよ?佐官!
残っている海軍軍人の中で最年長の101歳ですよ?!
矍鑠としておられて信じられませんでした。
3時間ほどお話を聞いたのですが全然足りませんでした、時間w
また会いに行くつもりです。

今日は海軍生活の最後とも言える予備役を通知する書類です。
予備役編入はある意味リストラです。
海軍軍人の伝記などをよく読まれている方なら意味が分かると思います。
予備役に関することを色々と絡めて紹介したいと思います。
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まずは通知書を
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海兵37期の藤森清一朗少将に対する離現役の通知書です。
海軍士官の人事は海軍省の人事局が行っており、最高責任者は海軍大臣でした。
藤森少将は昭和15年3月15日附で待命、21日附で予備役編入となっています。
当時の海軍大臣は吉田善吾、人事局長は伊藤整一です。
ご両人ともここを見ている方々ならお馴染みの軍人だと思います。

一枚目には「海軍武官服役令第十三條に依り現役を退かしむへき旨上諭に候條此旨諭達す」とあります。
海軍服役令の第十三条は
官、特務士官及准士官ニシテ待命、休職又ハ停職中ノ者ハ健康状態又ハ配員上ノ必要ニ基キ将官ニ在リテハ上諭ニ依リ、其ノ他ノ士官及特務士官ニ在リテハ海軍大臣、准士官(現役ヲ退ク際特務士官ニ任用セラルル者ヲ含ム)ニ在リテハ鎮守府司令長官ノ諭告ニ依リ現役ヲ退カシムルコトヲ得
という内容です。
これを見ても、将官とその他士官の扱いの違いにはびっくりさせられます。
藤森さんは海軍少将、れっきとした将官ですので上諭での予備役編入となっています。
上諭とは天皇から臣下への命令です。
佐官以下は海軍大臣と鎮守府長官からの諭告ですから将官になってからの予備役編入を海軍士官が願うのも頷けます。
特務士官の場合は所属鎮守府が人事を担っているので鎮守府長官になってますね。

二枚目は人事局長からの予備役編入通知です。
封筒には3月20日差し出しの印がついてますから、海軍大臣の書類が出来た20日には21日附の予備役編入書類を作成していたことが分かります。
海軍軍人はこのような人事局からの書類で役職に就きますから、最後の被仰付であると言えます。
では、いきなりこのように予備役編入されてしまうのでしょうか?
そんなことはありません。

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こちらは海兵31期の亥角喜蔵少将の挨拶状です。
亥角少将は昭和6年12月21日附で予備役編入になっています。
ですが、こちらの挨拶状は昭和6年12月3日という日付が印刷されています。
なぜ亥角少将は事前に知る事が出来たのでしょうか?
答えは挨拶状の中にあります。
二行目に「今般軍令部出仕に補せられ本月下旬には離現役の予定に御座候」とあります。
12月1日の軍令部出仕となった際に知られたんでしょう。
予備役になった方は待命になる前に軍令部出仕になっています。
そこで自分の離現役を知ったんでしょう。
それ以外にも、配置に因って自分の予備役を察する場合があります。
例えば、以前紹介した木幡行海軍少将の写真のページでも少し触れていますが、閑職に入れられた際に自分の現役が長くないことに気づくというのがあったようです。
阿川弘之の「米内光政」でも、鎮海警備府司令長官になった米内光政が今度こそ海軍を首になると覚悟した、という話が記載されています。

海軍軍人は予備役編入になって現役を離れます。
ですが、予備役は字の如く予備兵ですので何かあった際は充員召集されます。
召集がなければ4年で後備役です。
ちなみに、この藤森少将は太平洋方面がきな臭くなった昭和16年9月に充員召集されてから父島方面根拠地隊司令官などをされてから昭和17年12月21日に解除となっています。

現役を離れ予備役になった軍人は再就職をする場合が多いです。
海軍少将といえどもまだまだ50代、働き盛りの年代です。
再就職先は現役中に世話になった元上官や同期が世話することが多く、
堀悌吉中将は山本五十六大将の世話で日本飛行機の社長に、木幡行少将は寺島健中将の世話で浦賀ドック常務になっています。
現役を離れてもクラス会にも参加しますから、海軍軍人は何処まで行っても海軍とは縁があったようです。


今回は予備役編入の書類でした。
必死で海軍兵学校に入って海軍軍人になっても全員が大将になれたわけではありません。
それどころか将官になれるのも一握りでした。
生きるってのは大変ですね。
そんなことをしみじみと思いつつ、今回はおしまいにしようかと思います。
お疲れさまでした。
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出世

上に行くのは大変でしょうし、一握りでしょうからね…
どうしても競争に負けてしまうという事もあるでしょうな。
予備役に入る前に大体何かの船の艦長はできるものなんでしょうかね?
海兵を出ていれば最低でも少佐までは出世できるという話をどこかの本で読みました。
対して陸士の場合は下手したら大尉で予備役なんて事もあったようで…
[ 2015/10/09 23:25 ] [ 編集 ]

Re: 出世

海軍の進級や学校の受験資格に海上勤務の年数だったりが必要とされているのですが、
少将に上がるには大艦の艦長を1年以上という規定があり、赤煉瓦の人が進級前にいきなり大艦の艦長を1年やるみたいなこともあったようです。
佐官で辞められた方の中には艦長をせずに辞められた方もいると思います。
「司令官クラスになれなくても、せめて大艦の艦長を勤めてから少将になって辞めたい」というのが多くの海軍軍人の思いだったようです。
[ 2015/10/10 11:24 ] [ 編集 ]

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